菊 舎 稿 本  20~35

 20. 空月庵むだ袋

    菊舎五十六歳の文化五年十月、下関の阿弥陀寺山に茶室を設け、十月八日

    から二十七日までの二十日間に茶会を催したときの記録。

 

    この庵は赤間関の町年寄伊藤家の持仏堂空月庵を借り受けたもの。

    内容は、茶会準備のための「茶を乞う言葉」に始まり、「案内廻文」

    「開炉の言葉」など俳文を記すのみだけでなく、発句・連句・和歌

    漢詩を各所にちりばめ、多くの水墨画を挿しはさんでいる。

 

    本稿の体裁は、縦二十四.二糎、横十七糎、袋綴。

    表紙、裏表紙は本紙共紙。

    題名は首遊紙中央に直書きとなっている。

 

            「恵みまちぬ白雲高くかほる風」

   21. 鶯の舎

    菊舎五十九歳の文化八年正月から閏二月末頃までの俳諧記録。

    

    萩城下で元旦を迎え、還暦の前祝として富士山を描く。

    逍遥館荷風邸を宿として多くの雅友と交流している。

    閏二月三日に萩を発ち、六日に帰郷して母八十の賀を祝う。

    閏二月十五日に長府を出発し、厚狭村の枕流亭に再遊。

    同十八日厚狭を発ち、小郡に止宿後京へ向かうところで終わる。

 

    本稿の体裁は、縦二十四.五糎、横十五糎、袋綴。

    表紙は本紙共紙、右下部分破損。裏表紙は欠損。

    題名は表紙に直書き。その左下に「萩城旅窓下」の文字がある。

 

            「十がへりの花の裾野や筆初め」   

 22. 都の不二

    菊舎六十歳の文化九年正月から年暮まで、在京中の文雅生活を

    俳句・漢詩・和歌の記述によって語る。

 

    一年間の記録とはいえ、正月と八月の間に大きな欠落がある。

    八月は仲秋の名月から始まり、九月重陽、十三夜、十月十一日芭蕉忌、

    十二月報恩講など恒例の行事の他に、京都各地の名所を訪ねての漢詩・

    発句・和歌を多く載せている。

    

    本稿の体裁は、縦二十四.五糎、横十七.五糎、袋綴。

    表紙・裏表紙・初めの二丁は無地の楮紙。三丁以後は九行の罫紙。

    題は表紙に直書き。

 

            「くむやちとせ都の不二の初霞」

 23. 都の玉ぎぬ

    「都の不二」に続く菊舎六十一歳の文化十年正月から年暮までの記録。

 

    前半は京坂滞在中、後半は帰郷後を内容としている。

    前年に引き続き京都光隆寺に滞在、雅友とともに茶・俳・詩・歌を楽しむ。

    その間、永観堂に参詣して「手折菊」を献呈。

    六月中旬に長府に帰郷する。

    藩主毛利元義を訪ねた折の両者の作品も載せている。

    また、祖父や父の菩提寺にも「手折菊」を贈るなど、本稿は還暦自祝の

    一年を記したもの。

 

    本稿の体裁は、縦二十四糎、横十五糎、袋綴。

    表紙、裏表紙共に無地の楮紙。

    表紙に直書きの題名は菊舎の筆ではなく、後人のものと思われる。

 

            「包み余る玉ふところや着衣初」   

 24. 都のしらべ

    菊舎六十三歳の文化十二年、京都滞在中の記録。

 

    正月から六月初めまでは京都市中の名所旧跡を訪れ、詩・歌・句の

    制作に励む。特に和歌の題詠が多く句作を超えるのが特徴的である。

    六月半ば伏見に移り、九月に帰郷。

    十月、寒さの到来とともに持病の喘息が起こり、薬餌に親しむ日々となる。

    光隆寺に籠って年を越す。

 

    本稿の体裁は、縦二十四糎、横十六.五糎、袋綴。

      表紙、裏表紙共に薄縹色の楮紙。

    題は表紙中央に白紙、縦十六糎、横三.七糎で「都能志良遍」の行書書き。

    

          「おもむきは東風にこそあれ初しらべ」

 25. かゞみもち

    菊舎六十八歳の文政三年正月から四月末までの記録。

    

    長府での藩主毛利元義との文雅の交流が述べられている。

    菊舎六十八歳、元義三十六歳。

    健康も安定し、長府での落ち着いた老年の生活を伝える。

    漢詩の贈答も交じるが、俳諧を主とする集である。


    本稿の体裁は、縦二十四.五糎、横十七.一糎、袋綴。

    表紙は本紙共紙。裏表紙はない。


           「むかふ心うらおもてなしかゞみもち」

 26. 星の硯 

    菊舎七十一歳の文政六年七月から九月までの、長府における菊舎を

    中心とした俳諧記録。


    内容は、百韻一、歌仙一、短歌行十九、半折三、表八章五、その他一、

    各連句のあとに探題句が数多く加わる。


    本稿の体裁は、縦二十四.五糎、横十六糎、袋綴。

    題名は表紙に直書きで「星の硯 」と記され、その右傍らに

    「文政六末秋」、左傍らに「一字庵」の文字が記されている。

    表紙、裏表紙共に本文と同紙。

    筆者は複数により、菊舎の筆跡は見られない。


             「染る星の硯序やこの懐紙」    

 27. 実る秋 

    菊舎七十一歳の文政六年八月から十月までの長府における俳諧記録。


    時期は「星の硯」と重なる。

    題名は冒頭の一句、「三千とせの貢や実のる秋に今」から取る。


    本稿の体裁は、縦二十四.五糎、横十六糎、袋綴。

    表紙、裏表紙は本紙共紙。菊舎自筆。


            「三千とせの貢や実のる秋に今」   

 28. 文政六年 書画帳

    菊舎七十一歳の文政六年十月十九日、一字庵における茶会記を中心に

    書画を配したもの。


    菊舎の発句四句を含む風雅な一帳。

    執筆者は、竹苞斎をはじめとする長府在住の人々。

    作品は、発句の他に漢詩も加わる。


    本稿の体裁は、縦二十四糎、横十六.五糎、袋綴。

    表紙、裏表紙共に無地。


           「さゝ鳴やいでそよおとにありまやま」

 29. 鳳尾蕉 (注:ホウビショウと読む。蘇鉄・ソテツの別名。)

   「春の巻」

    菊舎七十二歳の文政七年正月あら三月二十九日までの長府での俳諧記録。

 

    初めに竹苞の画を載せ、続いて「七十二齢試毫」として

    「万づ代の年の尾引て水若し」の句に亀の画賛、その裏に

    「毫を試み琴を弾て」として「初空に通ふしらべや鳳尾蕉」の句。

    画は蘇鉄(鳳尾蕉)の太い一株を描いている。

    次からは、歌仙行や短歌行など俳諧連句興行が多数。

    長府における安定した生活を見ることができる。

 

    本稿の体裁は、縦二十五糎、横十七.五糎、袋綴。

    表紙、裏表紙は本紙共紙。

 

   「鳳尾蕉 秋冬」

    文政七年立秋から八月二十一日までの記録。

 

    冬の句は最後の題詠に雪の句が二句あるだけで、「秋冬 全」の題は不審。

    盆会には自庵でしみじみ眺める月が詠まれ、和歌も一首添えられる。

 

    本稿の体裁は、全て「春の巻」と同じ。裏表紙は無い。

 

             「万づ代の年の尾引て水若し」

 30. 文政七年 書画帳」

    菊舎七十二歳の文政七年水無月茶会、七月七日霧吹の瀧行、

    暮秋の白瀧山登山、の三部から構成されている。

 

    それに同席、あるいは同行の人々の書画を主とするもの。

    菊舎の書画は十頁のみとなっている。

    水無月の茶会の書画の後に当日の会記が記されている。

 

    本稿の体裁は、縦二十四.二糎、横十六.八糎、袋綴。

    表紙、裏表紙は共に花菱・菊花亀甲つなぎ捺紋、うす樺色。

 

           「古茶にいざや宇津の山辺の十団子」


稿本 31~ に続く

 説明文は上野さち子の「田上菊舎全集」に依っています。

Translation

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