菊 舎 の 句 に つ い て

江戸時代の女性俳人田上菊舎は、女芭蕉とよばれるように、芭蕉を慕い、彼の「奥の細道」の行程を逆に辿り俳諧の旅をしました。彼女の旅はそれ以外にも江戸・京・大坂や

九州など、江戸時代の女一人旅としてはギネスブックに載せてもいいくらいの距離を歩

いています。萩で得度し尼となって俳諧の旅に向かうのですが、旅立ちに際して彼女の

根底にあるのは、親鸞聖人や蓮如上人の旧跡を訪ねることと,尊敬する松尾芭蕉の心を訪ね歩くことでした。下に列記した菊舎の句も、芭蕉や親鸞聖人への思いの中で詠まれた

句が多くあるということを念頭に読んでいけば、少しは理解も深まるのではないかと思

います。                                 (読み方の中の解釈は管理人の私的解釈です。)

        「手 折 菊」の 句 を 追 っ て(第一巻・花の巻)

風雅の代名詞である月を旅の味方にして、菊舎は故郷長府を離れ萩へと

向かいます。萩で得度し尼となった菊舎は、萩美濃派の指導者其音から

美濃の朝暮園傘狂あての紹介状を書いてもらい、防府の三田尻から船に

乗り難波に向かって出発します。そして難波についた菊舎がまず向かったのが京都の西本願寺でした。親鸞聖人の報恩講に参加し、その慈光(みひかり)につつまれてみたかったのです。「報恩をおもへば~」や「今はたゞ~」の句は、親鸞聖人への思いがよく表れています。報恩講を終えた菊舎は、いよいよ美濃へ向かって旅立ちます。

月を笠に着て遊ばゞや旅の空

 

吾笠に淋しさしめや蝉しぐれ

 

染て行む筆柿の葉も茂り時

 

秋風に浮世の塵を払けり

 

染る秋も二葉の末か梅紅葉

 

ならひ行ん澄るこゝろの池の水

 

船路行ば須磨に淡路に千鳥哉

 

報恩をおもへばかろし雪の笠

 

今はたゞ参るばかりか報恩講

 

高き屋をまづ拝みけり初日影

 

たつも惜し梅の難波の旅衣

 

つきをかさにきてあそばばやたびのそら

 (風雅の代名詞である月を旅の味方にして

わがかさにさびしさしめやせみしぐれ

                       (沁みてくる)       

そめていかんふでがきのはもしげりどき

          (長門人丸神社の筆柿を見て)

あきかぜにうきよのちりをはらいけり

 (剃髪し尼となって俳諧の道を目指す心意気)

そまるあきもふたばのすえかうめもみじ

   (見事な紅葉も最初は緑の若葉から始まっている) 

ならいゆかんすめるこころのいけのみず

(この池のように私も心を澄まし俳諧の道を極めよう)

ふなじゆけばすまにあわじにちどりかな三田尻から難波津へ向かう)

ほうおんをおもえばかろしゆきのかさ

(親鸞聖人ご正忌報恩講参拝のため西本願寺へ) 

いまはただまいるばかりかほうおんこう

(報恩講に参加できたことが何よりの喜び) 

たかきやをまずおがみけりはつひかげ

(神社の建物)

たつもおしうめのなにわのたびごろも

(俳諧の師となる傘狂のいる美濃に向かって旅立つ)


 無事に報恩講を終え、親鸞聖人のお慈悲に喜びを感じた菊舎は、美濃の

朝暮園傘狂のもとへ向かって旅立ちます。傘狂は蕉風俳諧美濃派の宗匠で菊舎の生涯の師となります。琵琶湖を眺めながら大津・草津を通り、関ヶ原を抜け美濃へ到着します。

 傘狂のもとで句の指導を受けながら、菊舎は美濃の俳人たちと交流を深めていきます。

滞在中に故郷の長府にいる父から、還暦も間近であるし一度長府に帰って来ないかと手

紙をもらいますが、菊舎は帰らず、大いなる旅に向かう準備をしました。

吹方へ薫りおしまぬ野梅かな

 

湖に果は見えけり花吹雪

 

咲花に今届く手のたゞ嬉し

 

世の花をあつめ祝はむ父の春


ふくかたへかおりおしまぬやばいかな

 

みずうみにはてはみえけりはなふぶき

   (琵琶湖)

さくはなにいまとどくてのただうれし

 (菊舎が俳諧の師とする傘狂に出会えたときの喜び)

よのはなをあつめいわわんちちのはる

還暦を迎える故郷に住む父への慕情)


しばらく美濃に滞在した菊舎は、いよいよ今回の旅の目的である奥の細道

の逆のコースを辿る旅に出ます。美濃から大垣・柳ヶ瀬を通り福井へ。

途中、蓮如上人の古跡で「あなかしこ~」の句を詠み、荒地山を越える

ときには、かつて親鸞聖人も足に血を流しながらここを通ったことを忍び

「涙そゝぐ~」という句を詠みました。そして、すでにこの世を去っていた加賀の

千代女のいた松任へ到着します。

爰に道のつとめ初や桃のけふ

 

かんこさへ聞ぬ日もありひとり旅

 

卯花の雪や伊吹の山おろし

 

通さねばよし爰で聞郭公

 

穴賢ふみの筆草生茂り


関の戸を叩ては鳴水鶏も我も


涙そゝぐ御足の跡や荒地山


葺添る軒のあやめや温泉の匂ひ


花見せる心にそよげ夏木立

 

ここにみちのつとめはじめやもものきょう

 (美濃を発ち奥の細道の逆コースを辿る旅に出る)

かんこさえきかぬひもありひとりたび

 (ひとり旅路を行く寂しさ)

うのはなのゆきやいぶきのやまおろし

 (白い卯の花が雪のように見える)

とおさねばよしここできくほととぎす

 (江戸時代に女性が関所を通るのは難しかった)

あなかしこふみのふでくさおいしげり

 (蓮如上人が草の根を筆代わりにして名号を書いた)

せきのとをたたいてはなくくいなもわれも

 (水鶏のようにトントンと関所の戸を叩く)

なみだそそぐみあしのあとやあらちやま

 (親鸞も配流の途中ここを通っている)

ふきそえるのきのあやめやゆのにおい

( 軒に菖蒲と蓬を下げると厄除けになる風習)

はなみせるこころにそよげなつこだち

 (今は亡き加賀の千代女を忍んで)



 千代女の縁者白烏とともに千代女を忍んだ菊舎は、越中・越後に向かって旅立ちます。越後の国分寺にある鏡池には、親鸞聖人がその池に自分の姿をうつして、自分の御木像を刻まれたという伝説がありました。この池を見て菊舎は、親鸞聖人を忍んで、自分も着飾って生きるのではなく、御木像のようにありのままの姿で生きていこうと誓ったのでしょう。

 善光寺から更科に足を延ばした菊舎は、姨捨山に登ります。山頂で日が暮れかかった

ので、今夜はここで月の句でも詠もうと空を眺めていたら、天気が急変し激しい雨とな

りました。岩陰で一夜を明かした菊舎は、心配して山に登ってきた地元の夫婦に助けら

れます。「姨捨た里にやさしや~」の句は、その夫婦のやさしさを詠んだものです。

短夜の夢やむすばん京のひも


すゞしさやもつと此橋長からで


しるしらぬ人皆恋し親しらず


着飾らぬ影こそすゞし鏡池


まづ名乗れ越の関山時鳥


松のみか幾世にかゝる雲の峯


姨石をちからに更て月すゞし


姨捨た里にやさしやほとゝぎす

みじかよのゆめやむすばんきょうのひも

(夏の暑い夜は名産の京のひもで夢を結んですごそう)

すずしさやもっとこのはしながからで

(橋がもっと長かったらもっと涼しさも堪能できる)

しるしらぬひとみなこいしおやしらず

(越後の急な坂道の難所で寂しく人恋しくなる)

きかざらぬかげこそすずしかがみいけ

(親鸞がこの池にわが身をうつし木像を刻んだ伝説)

まずなのれこしのせきやまほととぎす

(高田の城下から信濃へ入っていく)

まつのみかいくよにかかるくものみね

(善光寺にて「松のみ残る」の御詠歌を思い出して)

おばいしをちからにふけてつきすずし

(ここ姨捨山山頂で仮寝でもして月でも詠もう)

おばすてたさとにやさしやほととぎす

天気が急変し雨の中地元の農夫に助けられる)


 越後柏崎から出羽(山形県)の小国に到着した菊舎は、ここで五松先生という人から書道を学びます。「染る筆や~」の句は、松の緑が色を変えぬように、私も書道の教えを忘れずずっと精進していこうという心構えの句です。それから菊舎は、かつて源義家が陣を敷いたという陣の原という古戦場を通り、立石寺(山寺)に到着します。ここは芭蕉が「閑さや岩にしみ入蝉の声」

と詠んだ場所です。芭蕉が訪れたのは夏でしたが、菊舎が訪れたときは冬の寒い日。

「踏しめて登るも~」の句は、芭蕉を思いながら、山寺の石段に広がる霜を踏みしめて登っていくその清々しさを詠んだものです。

 立石寺から仙台に向かって旅立った菊舎は、途中道に迷って一晩中山中をさまよった

りしながら、なんとか松島まで辿り着きます。「奥の細道」の中では、芭蕉は松島の句

を残しませんでした。言葉に出来ぬほどの素晴らしい景観だったのでしょう。菊舎はこ

こで「松嶌や~」の句を詠みましたが、一日中船に乗っていても見飽きない景色だった

のでしょう。松島を離れ金華山を眺めながら、菊舎は次に日光へと向かいます。

秋たつや波も木の葉も柏崎

 

見て居れば踊たふなる踊かな

 

染る筆やいくよかはらぬ松のいろ

 

稲干ておだやかな世や陣の原


踏しめて登るも清し霜の花

 

山中や笠に落葉の音ばかり

 

松嶌や小春ひと日の漕たらず

 

指出る朝日目ばゆし金華山

あきたつやなみもこのはもかしわざき

(立秋の頃 柏崎の海も山も秋の気配を感じる)

みておればおどりとうなるおどりかな

(この土地の盆踊りを見ていたら踊りたくなった)

そまるふでやいくよかわらぬまつのいろ

(色を変えぬ松のように 書道の教えを忘れない)

いねほしておだやかなよやじんのはら

(今はのんびり稲も干してあるが 昔は古戦場だった)

ふみしめてのぼるもきよししものはな

(芭蕉の歩いた立石寺の石段に花のように霜が)

さんちゅうやかさにおちばのおとばかり

(日暮れて道を失い 一晩中山道を歩く淋しさ)

まつしまやこはるひとひのこぎたらず

(船から見る松島の絶景は一日中見ていても飽きない)

さしいづるあさひまばゆしきんかざん

(宮城県石巻市の太平洋上に浮かぶ小さな島)


 仙台を後にした菊舎は、白河・那須・日光と江戸へ向かって南下していきます。句を作りながら旅をするのですが、途中、蝉の抜け殻のように心が虚脱状態になることもあったらしく、「迷ふたは~」の句は、そのような精神状態を表した句なのかもしれません。

 日光に到着した菊舎は、日光山で「雪に今朝~」の句を詠みます。芭蕉も日光東照宮

で詠んだ「あらたうと青葉若葉の日の光」という句があります。彼女の句も芭蕉を忍ん

での作ではないでしょうか。傘狂門下のいる日光に滞在中の寒い夜、菊舎は日光山の鐘

の音を聞き、故郷長府の父母を思い出し「鐘氷る~」の句を詠みました。そしてまた江

戸に向かって出立します。

 隅田川の都鳥に迎えられ江戸についた菊舎は、美濃派七世の白寿坊道元のもとを訪れ

ます。彼女は白寿坊の指導を受けながら、江戸で三年間の俳諧三昧の日々を過ごします。

その間、萩で師の傘狂への紹介状を書いてくれた竹奥舎其音と江戸で出会ったときには、

「長き旅も~」という句を作りましたし、師の朝暮園傘狂と会えたときには「頭陀の限

り~」という句を詠みました。

迷ふたは怪し奈須野の枯れ尾花


雪に今朝まじる塵なし日の光


鐘氷る夜や父母のおもはるゝ


そふかそれよ何とはひでも都鳥


長き旅も爰にこふした力草


頭陀の限り見せむ涼しい師の前に


月はさらに先づ武蔵野の初日の出

まようふたはあやしなすののかれおばな

 

ゆきにけさまじるちりなしひのひかり

                (日光東照宮)

かねこおるよやちちははのおもわるる

(日光山の鐘を聞きながら)

そうかそれよなにとはいでもみやこどり

(ようやく江戸に着いた喜びをわかってくれるだろう)

ながきたびもここにこうしたちからぐさ

(長旅の最中 故郷の知人と会えて心強さを感じる)

ずだのかぎりみせんすずしいしのまえに

(師の添書で廻った東北の旅 有難い師にまた会えた)

つきはさらにまずむさしののはつひので


 足かけ三年江戸に滞在した菊舎は、いよいよ故郷長府に向かって旅立ちます。端午の節句の頃江戸を発ち、東海道を西に進みます。富士山を眺望したり大井川を渡ったりして、菊舎は美濃の百茶坊(傘狂の高弟)のも

とに滞在し、同じく江戸から美濃へ帰って来る師の傘狂を待ち受けます。

 「これからぞ汲ん~」の句は、傘狂の俳諧の奥義を隈なく吸収してやろいうという意

気込みを表しています。ここに出てくる岩手は、東北の岩手ではなく、傘狂の地元であ

る美濃の岩手(いわで)です。

 不破の地で多くの仲間から送別の宴を設けてもらった菊舎は、「帰る晴も~」(晴れ

の帰郷の餞別として、薦一枚の上ではあるが、月見の句座をもうけて最後の教えをいた

だきました。)という句を残して美濃を発ち京へ向かいました。

五十三次見て登る幟かな


涼しさのくらべ物なし富士おろし


さればこそ浮草もなし大井川


聞ことのおくれはとらじ郭公


闇は照す物のあわれや鵜のかゞり


これからぞ汲ん岩手の山清水


秋たつや何所へか散て宵の雲


帰る晴も月に教への薦一枚


ごじゅうさんつぎみてのぼるのぼりかな

(端午の時節、東海道を西に下りながら)

すずしさのくらべものなしふじおろし

(富士山から吹いてくる風は涼しく気持ちよい)

さればこそうきくさもなしおおいがわ

(さすがに大河だけあって浮草すら浮かんでいない)

きくことのおくれはとらじほととぎす

(関ヶ原の古戦場にて)

やみはてらすもののあわれやうのかがり

(長良川の鵜飼いを見て)

これからぞくまんいわでのやましみず

(水を汲むごとく師の教えを吸収してやろう)

あきたつやどこへかちりてよいのくも

 

かえるはれもつきにおしえのこもいちまい

(帰郷に際して月見の座で最後の教えをいただいた)


 京へ向かう途中、菊舎は琵琶湖で船に乗り近江八景を楽しみます。

この琵琶湖の美しい景観を賞して、菊舎は「湖眺望」という美しい文章を書きました。「どちらむかん~」という句は、近江八景のことを詠んだものです。どちらを向いても美しい景色ばかりだという意味なのでしょう。

 その後、京に立ち寄った菊舎は、ようやく年末に故郷長府に辿り着きます。四年

ぶりの故郷です。清々しい気持ちで菊舎は両親とともに新年を迎えます。

どちらむかん船から八ッの秋気色


生れかへた心に明つ花の春


両の手に乗せて給仕や薺粥

どちらむかんふねからやつのあきげしき

(船から眺める近江八景の景色はすばらしい)

うまれかえたこころにあけつはなのはる

(新年を迎え心も新たに)     (新年の季語)       

りょうのてにのせてきゅうじやなずながゆ

(久しぶりに故郷に帰り両親に給仕をする喜び)


 家族とともに新年を迎えた菊舎は、しばらく両親のもとに留まり、弟の

多門次に旅の話をしたり、両親の世話をしたりして過ごしますが、秋も近くなってくると再び旅心が湧いてきます。

 初めに生誕地の田耕を訪れ、その後萩を経由して生雲(現・阿東町)の

謙亭斎三思という美濃派の俳人を訪ねます。地元の俳人たちからも温かいもてなしを受け、菊舎はしばらくこの地に滞在しました。

 この後も菊舎は地元の各地をまわり、師・傘狂の恩に報いるために俳諧伝播に尽力し

ました。長府に帰って二年後に菊舎は九州行脚の旅に出るのですが、下に掲げた多くの

発句はその間菊舎が詠んだものです。「手折菊」第一巻(花の巻)はこれで終わりです。

      春

解て行物にな青しはるの雪


けつく空の曠ふ見えたり朧月


雪は皆薫りとかして野梅かな


一昨日はたゞ帰つたに初ざくら


歌と聞ばきゝ捨られぬ蛙かな


引糸のあればこそあれいかのぼり


鳴や雉子夜明のねぐら離れしか


横雲に雲は別れてさくら哉


柴買ふた中にこれ程つゝじかな


山吹や瀬に流れてももとの色


峰の巣や見ぬ人にまで憎がられ


とけてゆくものみなあおしはるのゆき

 

けつくそらのひろうみえたりおぼろづき

 (結局朧月夜は空が広く見えるものだ)

ゆきはみなかおりとかしてやばいかな

 

おとといはただかえつたにはつざくら

 (一昨日はまだ蕾だったのに今はこんなに咲いて)

うたときかばききすてられぬかわずかな

 (句を詠むときは蛙とて馬鹿にはできないものだ)

ひくいとのあればこそあれいかのぼり

 (引張る糸があるからこそ凧もよく揚がる)

なくやきじよあけのねぐらはなれしか

 

よこぐもにくもはわかれてさくらかな

 

しばこうたなかにこれほどつつじかな

 (買った薪の中にツツジが少し混ざっていた)

やまぶきやせにながれてももとのいろ

 

みねのすやみぬひとにまでにくがられ


      夏

亦借りて借着もどすやころも替

 

卯花や蔭は氷らぬ水の音

 

初のも空耳でなしほとゝぎす

 

葉桜やそれに嵐の名もたゝず

 

濁したは誰がわるさぞ燕子花

 

月と我とばかり残りぬ橋涼み

 

旅人の物にして置清水かな

 

ちる時に雲と見えけり雲の峯



またかりてかりぎもどすやころもがえ

 (貧しい者は借着屋で衣類を借りていた)

うのはなやかげはこおらぬみずのおと

 

はじめのもそらみみでなしほととぎす

 (空耳でなく最初聞いた声もホトトギスだった)

はざくらやそれにあらしのなもたたず

 (桜が咲いていてこそ京の嵐山である)

にごしたはだれがわるさぞかきつばた

 (水面を濁したのは子供だろうか魚だろうか)

つきとわれとばかりのこりぬはしすずみ

 

たびびとのものにしておくしみずかな

 

ちるときにくもとみえけりくものみね

               (入道雲)


      秋

朝がほや宵は莟にたのしませ

 

ゆひ目解ばみな咲て居り萩の花

 

とは見えぬ花であつたにふくべ哉

 

鴫たつや跡には細き水の音

 

切れ縄をむすび継では鳴子哉

 

をのが葉に結ひ寄られて薄かな

 

跡に念のないが花なる華火かな

 

名の空や月は見えてもかくれても

 

こゝろ至らぬ里はなし月今宵

 

寝ざめ寝覚め果は寝過す夜長哉

 

声かれて床へもどるや明の鹿

 

見直しに来れば来るほど紅葉かな

 

       行秋

今日降は惜し明日なら初時雨


あさがおやよいはつぼみにたのしませ

 

ゆいめとけばみなさいておりはぎのは

(束にしてあった紐を解けば花が咲いていた)

とはみえぬはなであつたにふくべかな

 (そうは見えなかったが、瓢箪の花であったか)

しぎたつやあとにはほそきみずのおと

 

きれなわをむすびついではなるこかな

 

をのがはにゆいよせられてすすきかな

 (ススキが自分の葉でひとまとめに結ばれている)

あとにねんのないがはななるはなびかな

 (花火は後に残らず散りぎわが良く潔い)

なのそらやつきはみえてもかくれても

 (中秋の名月は晴れても曇っていても情感がある)

こころいたらぬさとはなしつきこよい

 

ねざめねざめはてはねすごすよながかな

 

こえかれてとこへもどるやあけのしか


みなおしにくればくるほどもみじかな

 (見直せば見直すほど綺麗な紅葉だ)

 

きょうふるはをしあしたならはつしぐれ

(明日が立冬なので明日なら初時雨の季語が使える) 


        冬

掃出したかとおもひけりみそさゞゐ


打明て丸ふ日のさす氷かな


野にすたる影となつたか冬の月


目の届く果は海なり雪の朝


門へ来て下駄鳴らしけり夜の雪


汐先の星きらきらと千鳥かな


とくとくの雫つゞいて氷柱かな


中にへだつ川一すじや雪の朝


はきだしたかとおもひけりみそさざい

 (冬の庭先、枯葉とともにみそさざいを掃き出したか)

うちあけてまるうひのさすこおりかな

 

のにすたるかげとなつたかふゆのつき

 

めのとどくはてはうみなりゆきのあさ

 

もんへきてげたならしけりよるのゆき

 (門に入るため下駄に着いた雪を落とすときの音)

しおさきのほしきらきらとちどりかな

 (波の先端に星がきらめいて綺麗だ)

とくとくのしずくつづいてつららかな

 (滴る雫のもとをたどればつららであった)

なかにへだつかわひとすじやゆきのあさ

 


 天涯を漫遊して四時の花に思ひ寄るのみ

むかふかたに金神はなし花の雲


 下学をたのしむ心を

砂に這ふてもひる顔の花咲ぬ


 昨日は過、明日は期しがたし

けふは今日に咲て芽出たし花槿


 四時の末にも信じたのしむ事侍りて

たゞ頼む宝の山や六つの華



むかうかたにこんじんはなしはなのくも

      (悪い方角にいる神)

 

すなにほうてもひるがをのはなさきぬ

 (地べたに這いつくばっているが花は美しく咲く)

 

きょうはきょうにさいてめでたしはなむくげ

 (槿の花は朝咲いて夕べには萎む)

ただたのむたからのやまやむつのはな

(六角形をした雪の結晶 仏教の名号になぞらえる)


「手折菊」第二巻(鳥の巻)に続く

Translation

菊舎の里簡易マップ